今日、私たちは『里の秋』をはじめとする童謡を口ずさむとき、緩やかな心持ちで遠い記憶を旅しながらも、いささかの喪失感を覚えます。「お背戸」も「いろりばた」も昔日の面影となってしまいました。しかし、童謡には単なる郷愁や懐古では語りきれない、日本人のアイデンティティが描かれています。そこに表現された花や緑の心象風景、稔り豊かな農漁村で生き生きと働く人々の優しい心や無垢な魂が失われることのないように、そして歌い継ぐ子供たちに、「童謡はファンタジーの世界の話」などと言われる事のないように、守り伝えて行くべき文化遺産なのだと思います。







昭和の時代を生きてきた者にとっては馴染み深い『里の秋』ですが、残念ながら今日の学校音楽授業に採用している教科書はありません。それは、多くの評論や著作、インターネット情報などで、斎藤信夫があたかもバリバリの軍国教師であり、『里の秋』の原型である『星月夜』は少国民を鼓舞する戦意高揚の詩であるといった誤った情報が、いつの頃からか独り歩きして真実の如く流布されている事と無関係ではないと考えられます。今回の取材は、改めてその大きな誤りを認識する好機となりました。『里の秋』の歌碑を前に頭を垂れる思いです。周囲の人々の証言や自筆のノートからは、ひたすらに郷土を愛し、子供たちを愛した教育者であり作詞家であった斎藤信夫の真の姿が浮かび上がってきます。『里の秋』発表の経緯から終戦と結びつけて思い起こされる事は致し方ないとしても、今は秋です。この季節にこそ皆で歌いたい童謡です。

今回の取材は斎藤信夫氏のご親族の皆様のご協力無くしては実現しませんでした。度々お手を煩わせたにもかかわらず、常に快く取材に応じて下さり、貴重な資料やお写真の「花の心」誌面での使用もご快諾いただきました。心より感謝を申し上げます。また、国保成東病院・元事務長平山理一郎様、当財団の風会員・安井哲様にはご多用中にも関わらず、心強いご助力を賜りました。加えて御礼申し上げます。
(編集小子)



里の秋誕生40周年記念出版
「里の秋」
里の秋出版後援会・刊
童謡75編・校歌15編収録 
昭和61年(1986)発行
  里の秋誕生50周年記念出版
「子ども心を友として」
成東町教育委員会・刊
135編収録 
平成8年(1996)発行



■記載の事柄・史実について誤りがあれば、それはひとえに編集 小子の不見識・不勉強によるものです。ご容赦願います。

■以下の文献・HPより引用、参考にさせて頂きました。
「童謡詩人 斎藤信夫のあしあと」(成東町教育委員会)/「童謡詩集 里の秋」 斎藤信夫・著(童謡詩集・里の秋出版後援会)/「童謡詩集 子ども心を友として」斎藤信夫・著(成東町教育委員会)/「童謡は心のふるさと」 川田正子・著(東京新聞出版局)/「童謡・唱歌・叙情歌名曲碑50選」鹿島岳水・著(文芸社)/「日本の童謡〜誕生から90年の歩み〜」畑中直人・著(平凡社)/「もっと好きになる日本の童謡」池田小百合・著(有楽出版社)/「図説 童謡唱歌の故郷を歩く」 井筒清次・著(河出書房新社)/「唱歌・童謡ものがたり」読売新聞文化部・編(岩波書店)/「童謡大学 童謡へのお誘い」横山太郎・著(自由現代社)/HP「細道のMIDI倶楽部」/HP「銀の櫂」/HP「音羽ゆりかご会」


[里の秋]…日本音楽著作権協会(出)許諾第0810211-801号

本記事は2008年秋に発行の「花の心第51号」に掲載されたものです。



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