日本人の生活の中で、団扇(うちわ)ほど暮らしに密着し多くの用途で活躍してきた道具はありません。儀式や神事、盆踊り、蛍狩り、身体や食品にまとわりつく蚊や蝿を払うため、竈(かまど)や七輪の火起こし、厨房では煮炊きした料理を素早く冷ましたいときにあおり、広告媒体やノベルティとしての配布・贈答用、美しい絵柄を楽しむ芸術品、夏の客人へ風をおくるおもてなし、農家ではもみ殻などの選別にも大活躍しました。大型のうちわは火の粉を払い延焼を防いだ防火用具として、また武将や行司の持つ軍配もうちわの一種、民話や落語を引き合いに出すまでもなく天狗といえば羽根うちわ、最近ではアイドルのコンサートや野球観戦の必需品ともなっています。そして、もちろん暑さをしのぎ優しくあおって涼をとるための重要なアイテムです。扇風機やエアコン全盛の現代でも、一家に一本はあるのではないでしょうか。
  [花と緑の農芸財団]本部がある千葉県は、うちわの素材である良質の女竹(めだけ)に恵まれていて一大生産地となっています。経済産業大臣指定伝統工芸品である『房総うちわ』は、柄の部分に竹の丸みをそのままを活かし、48〜64等分に割いた骨を糸で編んで作られる半円格子模様の美しい「窓」が特徴です。『京うちわ(京都府)』『丸亀うちわ(香川県)』と共に日本三大うちわと呼ばれ、県内各地では多くのうちわ作り体験講座が通年開かれています。最近では、パソコンに自分の好きな絵柄や画像を取り込んでデザインしたうちわが作れるキットなどが販売されていたり、オリジナルのうちわが小ロットから注文できる専門の業者もあるようです。寝苦しい夜、時にはエアコンを止めて自作の涼しげな絵柄のうちわで涼をとってみませんか。時間もゆったり流れる気がします。



 「ロング蝶尾」「京錦」「秋錦」「ブルーライオンヘッド」「竜眼パール」・・・プロレスラーのリングネームや力士の四股名ではありません。すべて金魚の珍種につけられた名前です。
中国から日本へ金魚が伝来したのは1502年(文亀2年)、応仁の乱以降の戦国時代真っ只中だったといわれ、高級観賞魚として一部の高貴な方々が愛でるものでした。その人気が庶民にまで広がったのは、江戸の元禄年間で、浴衣(ゆかた)やうちわ、手ぬぐい、陶器などの絵柄に描かれるようになり今に至る夏の風物詩のひとつとして、視覚から涼しい気分になることができる愛しいペットです。夏祭りや縁日での金魚すくいに熱中した方も多いのではないでしょうか(今では日本選手権も開かれています)。自宅に持ち帰り飼いはじめると存外長生きするもので、和金の一般種で10〜20年位は生きるそうです。
金魚鉢に一緒に浮かべる水草も涼しげです。

 金魚といえば金魚売り。落語に出てくる金魚売りは、まだ肌寒い日も続く5月頃から浴衣姿に布頭巾で町を歩き始めています。天秤棒の前後に水を張った木桶を提げ、腰で拍子をとりながら上手に担ぎ歩いていた独特の売り声も懐かしい金魚の売り子さんですが、昭和30年頃を境に歩きからリヤカーに、さらにオート三輪、軽ワゴン車となり、今では売り子どころか店頭販売よりもインターネット販売が主流だそうです。





 ここ数年、ひと夏に何度か熱帯夜が続くようになりました。そして、かつて日本中で愛用されていた夜具がいかに優れていたかに気付く人が多くなってきました。そのひとつが蚊帳(かや)です。今のように衛生環境が良くなかった時代の夏の必需品でした。最も普及したのが麻製の萌葱色(もえぎいろ)の蚊帳です。平成以降、ほとんど見掛けることがなくなった蚊帳ですが、最近ではエアコンや扇風機の風が苦手なので窓を開けて風を通して眠りたい、子供がいるので殺虫剤は使いたくないという人々に重宝されるようになりました。メーカーでは、健康志向を取り入れ無染色・無漂白の生成り色のものや、赤ちゃん用、麻より涼味は落ちるものの扱いが簡単なナイロンや綿素材の蚊帳も発売されています。昔は、雷が鳴ると蚊帳の中に入りなさいといわれていたように、麻には電磁波からの影響を受けにくいという利点もあるそうです。
 また、日本旅館に泊まったときに出される浴衣には、身体に風をまとうような着心地の良さがあります。かつては着物の綿を抜き衣替えを経て単衣(ひとえ)になり、やがて盛夏となると浴衣が庶民の普段着でした。裕福な方は麻や絽(ろ)、紗(しゃ)などをお召しだったようです。今ではカラフルな浴衣が数多く発売されていますが、主流の白地に藍染めの浴衣には、蚊などを寄せ付けない防虫効果があります。

――海開きが始まり、七夕さま、朝顔市、ほおずき市、花火大会。七月は浴衣の季節である。今年新調した白地の斧琴菊(善き事を聞く=歌舞伎の音羽屋贔屓柄 ※編集部註)に、黄緑色の麻の半布帯を締めて、涼し気に、すっきりと着たいと思う。
(高田喜佐・著「暮らしに生かす江戸の粋」より)

 寝間着用にはガーゼ素材の浴衣やパジャマがお薦めです。肌に馴染み、汗をかいても不快な気分 になりません。また、一度使ったらやめられないのが麻の敷きパッドです。綿やナイロンの敷布にはない爽快感が得られます。竹のスノコ状になっている敷きパットなどもあるようです。夜具や寝具の素材にひと工夫することで、エアコン病にサヨナラしましょう。翌朝、健康で清々しい寝起きも期待できそうです。


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