おむすびは食べること以外にも、仏壇や神棚、地蔵などへ供えられることがあります。佐賀県のある地方では、村祭りの時に氏神様へ供えるおむすびが三角形――というより、円錐形になっているそうです。これは前号で紹介したおむすびの化石=チャノバタケ遺跡の[チマキ状炭化米塊]にそっくりです。お米は神様からの授かりもので、それ自体に厄除けの力があるとされているのは、今も変わりません。
 おむすびの形が、必ずしも地域差ではなく「最も簡単に握れるボール形が原点。その後、太鼓形となり、三角形へと進化してきた。各地でばらつきがあるのはその名残」
(参考G)という分析をするのは、食に詳しい田村真八郎(1930〜)です。

 弔事や慶事、炊き出しなどに利用されるおむすびですが、神奈川県のある地域のように、ふだんは丸形で弔事の時には三角形で結ぶという例もあります。今でも地元の老人などは、市販されている三角形のおむすびは「縁起が悪い」と言って口にしないそうです。また、ふだんは三角形ですが、慶事の時には丸形にして「カドをたてない」と言って良縁を結ぶ意志を表すという地域もあります。別の地域では「三角のおむすびは火事見舞いの時にだけ結ぶ」という伝承が残る一方、反対に火事や水害の時には急いでたくさん作るので丸く結び、行楽の時には三角に結ぶという全く逆の区別をしているところもあります。

 今ではすっかり少なくなってしまいましたが、時々自宅で営まれる葬儀に参列させて頂く機会があります。そんな時にお清めの席で大きな瀬戸焼の皿にたくさん並べられたおむすびなどは、大きさも形もまちまち。隣近所のおかみさんたちが、台所で手際よく、その家々の形のおむすびをせっせと結んでいる姿を想像して微笑ましくもあります。





 三角、丸…では俵形は、というとこれは、弁当箱に入れて箸で取り出しやすいように考案されたという説が多いようです。現在の松花堂弁当などにも多く見られる形です。これと同じようなものを物相、又は物相飯と呼ぶこともあります。ご飯の押し型(抜き型)で季節によって梅や菊、笹、松、紅葉型などがあります。カレーライスやチキンライスの時の押し型も一種の物相と言われます。(右上の画像はおむすび用の型)
 少し違った形が書き残されているのは、1918年(大正7年)に刊行された『美味くて徳用御飯の炊き方百種』(食養研究会・編)(参考H)です。



「握飯――炊出しなどにて、握り飯の必要なことがある。それは白米一升について、十三匁ぐらゐの鹽(=塩)を入れて炊き、それから竹の皮の兩端を切って水につけて軟らかくしてから、御飯を移す時に之をその竹の皮の上へ海苔卷の鮨を拵えるやうに廣げ並へて、竹の皮で堅く卷いて、能くかたまつたら、そこで竹の皮をとつて庖丁で好い程に見量つて切るのである。その中へは、干瓢や種々な煮物を入れたり、また上に煎胡麻を振りかけたりする。」 ――これなどは、 現在も韓国で広く消費されている「キムパプ」にそっくりです。「キムパプ」はご飯に具を入れて巻き簀を使って海苔で巻き、輪切りにするという製法や、見た目は日本の巻き寿司にそっくりですが、酢飯ではなくお米に胡麻油を混ぜるそうで、日本の巻き寿司がその原型であるという説が一般的です。現在ではおむすびと同様、三角形に作られた「三角キムパプ」も発売されて人気商品になっているそうです。


 「うちの母のおむすびは三角ではなく、丸型である。遠足のとき、友だちがみんな三角おむすびを持っているのが、なんとなく羨ましかった覚えがある。だからだと思うが、自分で結ぶようになってからは、いつも三角だ。三角で結び慣れてしまうと、丸というのはけっこう難しい。どうしても角ができてしまう。」 (参考E) と書いているのは随筆家の檀ふみ(1954〜)です。
 おむすびという呼び名にこだわっていた前出の向田邦子は、作品の中に食事のシーンが多いことでも知られます。彼女の脚本『阿修羅のごとく』(参考I)にこんな場面が出てきます。既に成人して家を出ている四姉妹が、父親の浮気発覚という「事件」をうけて実家に帰ってきた日のワンシーン…帰りの遅い父親を待ちわびながら「小腹がすいた」と、台所でおむすびを結び始めます。




――おむすびをつくる四人の女たち。
つくりながら、食べたり、手のごはんつぶをとったりしながら。 
滝子「あら、巻子姉さん、三角なの?」
巻子「そうよ」
咲子「うち、俵じゃなかった?」
滝子「綱子姉さん『たいこ』型だ」
巻子「オヨメにゆくと、行った先のかたちになるの」
滝子「すみません、いつまでも俵型で」
 さすがは会話の名手。映像を見なくてもこの会話だけで、姉妹の年齢順や、既婚未婚が分かってしまいます。

 ちなみに現在コンビニなどで売られているおむすびの多くが三角形なのは、運搬時に型くずれしにくく、安定して陳列できるという理由の他に、
「おなじご飯の量でもこの形が一番大きく見えるからだそうだ。」
(参考J)と裏事情を明かした資料もありました。
 食通の漫画家東海林さだお(1937〜)が沖縄で出会ったのは「海苔を一枚敷き、その全域にゴハンを平らに押し広げ、片側に具を積み重ね、もう片側でパタンと閉じた」四角いおむすび。具はランチョンミート(通称ポーク)と、厚焼き卵と昆布の佃煮だったそうです。この珍しいおむすびを「実にもう齧りやすいんですね、四角くて平たいおにぎりは。丸や三角のものとまるで違う感覚で、なかなかいいじゃないの四角いおにぎり、と好感をもった。〜(中略)〜食べていて不思議な安心感がある。」
(資料L)と彼は賞賛しています。もちろん沖縄のおむすびがすべて四角いわけではなく、三角も丸もあります。

沖縄では「アンマー(母親)のおにぎりが美味しいのはティーアンラがあるから」
(資料M)と言われます。ティーアンラとは、方言で「手のあぶら」という意味ですが、転じて「愛情を込めて」「手のこんだ」「手塩にかけて」という意味に使われます。形はどうであれ、そこには結ぶ人の手から伝わる「思い」がある――これは、全国で食べられているおむすびに共通する大変重要な要素です。



 おむすびがもつ携帯食としての役割を考える時、その具にはおむすびの保存性を損なわないもの、あるいは殺菌性を増すものが基本となります。定番の梅干しの場合は、それを入れないものより保存性が高まると言われています。しかも食欲増進や、血液中のアルカリ度を維持することで疲労を抑える効果もあります。「紅鮭」には、良質なたんぱく質と血液をサラサラにする成分が含まれていますし、「たらこ」には、エネルギー代謝に効果的なビタミンB1、ビタミンB2に加え、抗酸化作用を持つビタミンEが含まれています。これから夏場に向かって気温が上昇します。市販されているおむすびには、保存食としては不向きな具を使ったものがたくさんありますので、注意したいところです。 また、最近の傾向として内包されている具が一目で分かるよう、親切にもその一部を外側に露出させているものを見かけますが「見た目の美しさに欠け、おむすびの本道に反する。饅頭の具を外側に出す愚と同質であり、おむすびをかじってみて出会う具の感動に欠ける。」(資料C)という考え方もあるようです。
 下表は、50歳以上の回答に着目したアンケート結果です。おそらく若年層やお住まいの地域別に着目すると意外な具がランキングされることでしょう。

 


1  2  3  4  5

【おむすび礼賛 前編へ】


探〜探究探訪〜TOPへ