公益財団法人花と緑の農芸財団

 花や農漁産物が登場する落語を紹介する「旬の噺」の第22回は、かなりマイナーな(?)『いが栗』という噺です。

 日本の秋の味覚として愛されるクリの実。最近では各地でクリ拾い体験が盛んです。触ると痛い“イガ”には少々手こずりますが、昔は家の中の梁や鴨居の上などに置いておくと、ネズミ除けの役に立ったそうです。

── ある日の夕暮れ。商用で旅する男が道に迷ってしまいました。折良く見つけた辻堂で道案内を乞うつもりでしたが、中に居たみすぼらしい身なりのイガ栗頭の坊主が一心に「無言の行」をしていて応じてくれません。不気味な様子に怖じ気づき更に道を歩いて行くと、一軒のあばら屋に辿り着きました。既に外は闇。出てきた老婆に今夜一夜だけ泊めて貰えないかとお願いすると、「家には娘が病で寝込んでいる。夜中に狂ったような叫び声をあげるので村にも住めず、こうして人里離れた山奥で暮らしている。何が起きても後悔しないのなら泊めてやってもよい。」と言う。

 泊まらせて貰う事になった男。旅の疲れもあってすぐに床に就きましたが夜半過ぎ、奥で臥せっていた娘が突然うなされ、叫び声をあげ始めます。飛び起きた男が暗闇に眼を凝らして見ると、娘の枕元に昼間辻堂で見たイガ栗坊主が娘の額に手をかざしながら、無言で呪詛を唱えていました。

 翌朝、男は老婆に「娘の病を治せるかもしれない」と言い置いて辻堂へ向かいます。イガ栗坊主に向かって「仏に仕える身でなぜ娘に執着するのだ。お前の呪いで娘は死んでしまったぞ。」と言い放つと、坊主は「本当か!」と思わず声を出してしまいます。すると坊主の念力が解けたちまち白骨化してしまいました。あばら家に戻ると、娘は元の美しく健康な姿に戻っていました。イガ栗坊主が娘に呪いをかけていたのです。「これでようやく村へ帰れる」と喜ぶ二人に男は同行します。村人たちに事の顛末を話すと、たいそう喜ばれ歓待されます。イガ栗坊主は村全体をも呪っていて、その祟りによって村では長い間凶作が続いていたのです。

 老婆は、思い掛けず村の救世主となった男に、回復した娘と所帯を持って村で暮らすよう勧めます。婚礼が済んだ晩の事。寝床に入った娘の頭に、ねずみ除けのイガ栗が落ちてきました。痛みに悲鳴をあげる娘。「しつこい坊主め。まだイガ栗が祟っているか〜」。

── 噺は終わります。いかなる理由で娘や村を呪っていたのか解説はなし。それより「イガ栗頭」が分からないと、噺のオチも分からないですよね。前回同様、怪談噺のようなそうでないような不思議なストーリーでした。

クリは、縄文の昔から食糧としてだけでなく、耐水性や耐久性に優れた建材としても親しまれてきました。世界遺産の白川郷・五箇山集落の合掌造りでも主材料として多用されています。また鉄道の枕木としてその開設が始まった明治期から昭和中期までの間使われていました。
 クリの実は豊富なビタミンC・カリウム・食物繊維など果物としての特徴と、ビタミンE・鉄・銅・マンガン・鉛などのナッツ類としての特徴、更にでんぷんという穀類としての特徴を併せ持った珍しい食材です。滋養豊富で低脂質でヘルシー。また、クリの渋皮には強力な抗酸化作用を持つプロアントシアニジンが含まれていて、伝統的な料理法である渋皮煮が知られています。

 (関東地方では)田植えが終わる頃から梅雨時にかけて咲くクリの花。遠くから見ると、垂れ下がる白い部分が全て花(房花)のように見えます。でもこの長い花は雄花。たくさんの雄花の付け根の所に、5mm程の小さな雌花がひっそりと咲いています。




本記事は花の心79号(2015年/秋号)に掲載されたものです。