公益財団法人花と緑の農芸財団
旬の噺17 朝顔と「加賀の千代」
花や緑、農漁産物などが登場する噺(=落語)の世界を紹介するコーナーです。
第17回の噺は『加賀の千代』、季節外れではありますが舞台は大晦日です。

甚兵衛夫婦が住む長屋へ節季払いの借金取りが押し掛ける大晦日。去年は、甚兵衛が死んだふりをして凌ごうとしたが大恥をかいてしまった。そこで今年は近所のご隠居から金を借りて来るように女房があれこれ知恵を付ける。
 「あのご隠居さんは、日頃からお前さんの事を可愛がってくれているんだから、きっと貸してくれるよ」
 「息子でも孫でもない俺にかい?」
 「世の中にゃ実の子供以上に犬や猫を可愛がる人だっているんだよ。膝に抱いたり一緒に寝たり…。生き物だけじゃない、植木や朝顔だってそうなんだよ」
 「朝顔を膝に抱いたり添い寝したり?」
 「そうじゃあないよ 昔、加賀の国に千代という俳句名人がいたそうだよ。ある朝、水を汲みにいったら、井戸端に朝顔が巻き付いて花を咲かせていたんだとさ。その時に詠んだのが『朝顔やつるべ取られてもらい水』って句さ。そうやって朝顔だって可愛がる人が居るんだよ。ご隠居さんがお前さんを可愛がるのに不思議があるかい 」
 「俺は朝顔かぁ〜」…ぶつぶつ云いながら甚兵衛はご隠居宅へ。大晦日に訪ねて来た訳を百も承知のご隠居は「で、幾ら入り用なんだい」と先回り。値切られては困るので女房に教えられた通りの駆け引きをしようと試みるが挙動不審の甚兵衛。訝しんだご隠居に女房の入れ智恵のあれこれをあっさり白状してしまうが、ご隠居は気持ちよく言い値を全額貸してくれた。
 「ありがてぇ。やっぱり朝顔だ」
 「なんだい、その朝顔ってのは」
 「だから『朝顔やつるべ取られてもらい水』ってやつですよ。ご隠居」 それを聞いたご隠居さん。「それは、加賀の千代の句じゃないか」
 「いや違う、嬶(加賀)の知恵(千代)だ」

── 単純な駄洒落落ちの噺ですが、生来のお人好しで隠し事の出来ない甚兵衛、そんな甚兵衛を息子のように可愛がるご隠居との心温まる遣り取りです。
加賀の千代(1703〜1775)は実在の人物。郷里の石川県白山市には[千代女の里俳句館]があり、諸国行脚の際に『朝顔や(に)〜』と詠んだとされる井戸は今も薬王寺(港区三田)に残されています。
朝顔はヒルガオ科サツマイモ属の一年性植物で、日本に遣唐使が薬として持ち帰ったとされる古典園芸植物のひとつです。後に江戸時代のブームを受けて世界中に類を見ない多種多様の品種が生まれました。
東京・下町の夏の風物詩である[入谷朝顔まつり(朝顔市)]、今夏は7月6日(日)〜8日(火)に開催されます。ちなみに「朝顔」は夏ではなく初秋の季語。