花や緑、農漁産物などが登場する話(=落語)の世界を紹介するコーナーです。
第10回は、秋の七草のひとつ「萩」が出てくる噺「安平衛狐」です。
 落語には「長屋」に暮らす人々の泣き笑いが数多く描かれています。庶民が暮らした長屋の多くは簡易な平屋の集合住宅。借家で共同井戸に共同トイレが基本形でした。その狭さ=密着性故、人情篤く貧しい者同士肩を寄せ合い、助け合いながら暮らしていました。
 今回の主役は長屋に暮らすふたりの変わり者、共に男のひとり世帯です。
 そのひとり・・・源平衛は、他人が黒と云えば白、白と云えば黒というほどの偏屈者。長屋の住人たちが亀井(現・東京都江東区)にある龍眼寺の萩が身頃だから一緒に出かけようと誘っても「萩なんざぁ見てどうする、俺は”花”じゃなく”墓”を見に行く」と酒を入れた瓢箪をぶら下げて出掛けてしまう。本当は萩を見に行く予定で酒を用意していた源兵衛がふて腐れながら墓場で独酌をしていると、突然倒れてきた卒塔婆の下にポッカリと穴が空き、その中から人骨がのぞいていました。「かわいそうになぁ」と酒をかけて弔って帰ると、その晩、源兵衛の元へ見目麗しい女性が「寺からお礼にやって来ました」と訪ねてきます。かいがいしく源兵衛の世話を焼く女は、その後も毎晩訪ねてきます。
 この話を聞いたもうひとりの変わり者・二軒長屋の隣に住むグズの安兵衛は自分もあんな良い女房が欲しい、と寺へ酒を持って出掛けます。適当な墓を探せずにいると、寺の奥で一匹の狐が罠にかかっていました。するとその帰り道で、幼なじみの娘で「おこん」と名乗る美しく若い女が今晩泊めてくれと声を掛けてきました。最初は「そいつはいけねぇ」と断るものの、結局長屋へ連れ帰りおこんと暮らし始めます。

――変わり者と云われながらも、どこか人情もろいふたり、源兵衛が幽霊を、安兵衛は狐を女房にしてしまった訳です。噺は他の長屋の連中が安兵衛の怪しい女房の化けの皮をはがそうと画策することから起こるドタバタ劇へ。

 長屋の住民たちが揃って出かけた萩見物。 室町期の1395年(応永2年)創建の龍眼寺は、江戸時代初期の住職が諸国から数百種の萩を集めて境内ことから”萩寺”と呼ばれるようになりました。


 萩はマメ科ハギ属の落葉低木の総称です。房状に咲く紅紫や白の小さな花――その開花期は稲をはじめ栗や稗などの収穫期と重なり、萩そのものが豊穣のシンボルとされてきました。今でも秋の十五夜の観月会には栗や柿、芋などの収穫物に加えてススキと共にお供えされます。痩せた土地でも良く育つので、日本全国に分布しています。




[旬の噺]は、季節の草花や農作物が登場する噺(=落語)の世界を紹介するコーナーです。