蕾(つぼみ)の時の姿は、背を丸めてうつむいているように見えますが、いざ開花という時には正面を向き背筋をしゃんと伸ばして咲く水仙。凍てつく寒さを乗り越えてようやく迎えた春を誇るかのような凜とした立ち姿です。
さて今回の噺は『竹の水仙』 ――東海道大津宿のとある旅籠の2階に、数日前から逗留する態度は大きいが身なりのみすぼらしい客がいました。酒ばかり呑んでは終日ゴロ ゴロしています。溜まっ た宿賃を催促すると、案の定一文無し。困り果てた主人に、ノコギリを持ってこいと指示する客。やおら起き上がって裏山で竹を切り出し、部屋に籠もります。やがて、これを売って宿賃にしろと竹を彫って作った「水仙の蕾」を亭主に手渡し「水を張った桶に挿して表に置いておけ――」と命じます。

翌朝、宿の前を細川越中守の大名行列が通りかかった刹那、朝日を浴びた竹の蕾が音を立てて開花して辺りに芳香を漂わせます。
 それに気づいた大名駕籠の中の殿様が家臣に、今咲いた竹の水仙を買って本陣へ届けるように命じ行列を進めます。家臣は「なぜこんなものを欲しがるのか」と不審に思いながらも宿の主人に所望します。2階の客に幾らで売るのかを尋ねにいくと、「相手が越前なら、二百両にまけておこう」と尊大に言い放ちます。

 
怒った家臣は宿の主人を殴って買わずに本陣へ向かい殿様に経緯を報告しますが、「千両万両積んでも、気が向かねば作らぬ名人の作を、たった二百両だというのに買わずに戻ったとは。もう一度戻って買ってこい、手に入れられなければ切腹じゃ!」と怒ります。家臣は金子を持って慌てて宿へ戻りますが…。
  この噺に出てくる飲んだくれの一文無しの客、実は講談や落語に度々登場する伝説の名工・左甚五郎だったのです。甚五郎ネタの噺は、この『竹の水仙』の他、『ねずみ』『三井の大黒』 『叩き蟹』などがあります。様々な逸話をもつ甚五郎ですが、その名の由来からして、「左利きだったから」「酒飲み(左党)だから」「隻腕の彫刻師だったから」など様々な説があってその存在自体が謎に包まれています。とはいえ、全国に甚五郎・作と伝えられる作品が数多く残されているのも事実。もっともそれらすべてが甚五郎の真作だとすれば、同時に甚五郎が幾人も存在していたことになります。 下の写真は、甚五郎・作として名高い日光東照宮の『眠り猫』、実際に訪れてみるとあまりに小さいので見逃してしまいそうです。
 
[旬の噺]は、季節の草花や農作物が登場する噺(=落語)の世界を紹介するコーナーです。