
自らの人生を「美を求めた巡礼の旅」であると語り、日本国内は元より世界各国を取材で飛び回っていた一竹氏。『無言』は、ハワイ・カウアイ島の「シダの洞窟」を訪ねたときの感動を精緻な絞りで染め上げた作品です。
──《あまり日が当たらないためか、羊歯は謎を秘めた若緑をしている。そして長くしなやかに伸びた羊歯の葉脈を水が伝い、先端にたどりつくや宝石のように輝き滴る。その水の美しさがまた、何とも印象的であった。》(久保田一竹自叙伝『命を染めし一竹辻が花』より)

恐らく、一竹氏がハワイの羊歯と巡り会った当時は今ほど観光地化されておらず、奥深い密林の苔むした洞窟に太古から生息する羊歯の群れは、『無言』というタイトル通り、神秘的な静寂に包まれていたことでしょう。
文様としての「羊歯」は、幾何学文様的に使用される他、その一種である「ウラジロ」が共白髪や子孫繁栄の象徴として尊ばれ、染色(染織)作品のみならず、陶磁器や漆器、革製品、金工・木工象眼などに数多く用いられています。

幻の染め――中世に誕生し桃山時代に華開いた「辻が花染め」の復活に心血を注ぎ、千辛万苦の末60歳でデビュー、世界中に一大ブームを巻き起こした染色家・久保田一竹。氏がこよなく愛した霊峰富士を望む大自然の中に建築された荘厳なる美術館です。


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