

厳しい冬を越え、裾野には千紫万紅と花開き、雪が溶けた樹海では羊歯植物が顔を出します。まるで富士に舞う名残雪の様に氏特有の精緻な墨書きによって描かれた美しい数多の花文様は、写実的な意味での「花」ではありません。しかし構図の中心に染められた紅紫の色は、一竹氏が好きだった【三ツ葉躑躅】の花群れを想起させてくれます。
ツツジ科ツツジ属の落葉低木である三ツ葉躑躅は、やせた岩場などに自生する日本固有種で、耐寒性に優れ、葉に先立って開花します。その鮮やかな色は、富士桜と共に春の訪れを誰よりも早く知らせてくれます。
ちなみに『


(久保田一竹自叙伝『命を染めし一竹辻が花』より)
ひと頃、盗掘などで激減した富士山の三ツ葉躑躅は、地元の人々の努力の甲斐あって復活の兆し。毎年、ゴールデンウィークには[河口湖富士桜ミツバツツジまつり]が開催されています。

幻の染め――中世に誕生し桃山時代に華開いた「辻が花染め」の復活に心血を注ぎ、千辛万苦の末60歳でデビュー、世界中に一大ブームを巻き起こした染色家・久保田一竹。氏がこよなく愛した霊峰富士を望む大自然の中に建築された荘厳なる美術館です。


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